火の玉となって流れ着いた阿弥陀さま
どんな伝承か
大昔、何日も続いた大雨で市ノ川があふれ、古凍の村は大騒ぎになった。若者たちが慈雲寺の下に集まって夜通し見張っていると、明け方近く、川上から大きな火の玉のようなものが勢いよく流れてきた。鳶口を構えて引っかけようとしても火の玉はくるりと回ってかわしたが、ようやく引き上げると大きな阿弥陀像だった。近い慈雲寺へ運ぼうと荷車に載せるとびくとも動かず、等覚院へと言った途端にひとりでに動き出した。それで等覚院の阿弥陀の胸には鳶口の傷があるのだと、炉端で祖父が孫に語り聞かせたという。ただし像は流れ着いたものではなく、傷も由緒を飾るために付けられたもので、のちの解体修理で消えたとされる。
原典より
「すると、夜のひき明け方頃になって、川の上の方から大きな火の玉のようなものが流れて来たそうだ。」—— 東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史)
『東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説』は、東松山市の市史の民俗編のうち、伝説の部分を収めたものである。岩殿山の悪龍退治や比企一族の落人の話、永福寺の河童の詫証文、箭弓神社の銭絵馬、狐に化かされた話、神かくし、雪女郎など、市内の寺社・坂・沼・塚にまつわる四十六話を載せる。多くは会話を交えた物語の形で書かれ、筆者が幼い頃に母から聞いた話や古老から聞いたままの話も含み、末尾に〔 〕で由緒や文献の注を添える。