一揆の首を積んだ如意寺そばの首塚
どんな伝承か
古市場の如意寺から西南へ五十メートルほどの所に、広さ三十から五十坪ほどもある大きな円い塚があり、茅が生い茂っていた。言い伝えでは、種足の方から一揆が古市場へ押し寄せてきたとき、土地の名主が、参勤交代で中山道を通る殿様に頼み込み、一揆の者たちの首をはねて積み上げた跡だという。古市場の年寄りでこの塚を知らない者はなく、今でも本当に大きかったと話に出ることがある。塚の上にはかつて板碑と石碑が立っていたが、今ではすっかり平らにならされ、板碑のかけらが散らばっている。
原典より
種足(騎西町)方面から一揆がこっち(古市場)へ押してきたので、土地の名主だかが、参勤交代で中山道を通る殿様にお願いして一揆の首を切って積んだのだという。—— 北本市史 第6巻(民俗編)――伝説(北本市(編)・北本市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北本市史 第6巻(民俗編)――伝説(北本市(編)・北本市史)
『北本市史 第6巻(民俗編)――伝説』は、北本市の市史民俗編のうち、第十一章「伝説・世間話・昔話・諺」の冒頭部分である。章の「はじめに」で四者の性格を説いたのち、第一節「伝説」に蒲桜・龍灯杉・一夜堤や多くの塚の伝承、送りオオカミ・河童・禁忌動物、おたきあげ・十日夜の由来など四十二項目を収める。多くの項目は見出しに石戸宿・高尾などの伝承地を添え、話者名や「埼玉県伝説集成」などの出典を▽で示す。