大蛇の娘が織った高済寺の蓮糸曼荼羅
どんな伝承か
激しい雷雨の夜、高坂村の大溪山高済寺の寺男又八は、本堂前の大榧の洞で雨宿りする若い娘を見つけ、住職の言いつけで庫裡へ連れて来た。雨は七日七晩降り続き、晴れた日に娘は礼として蓮糸で曼荼羅を織りたいと申し出た。人里離れた丘に織屋を建て、近在の沼から蓮の茎を集めると、娘は三日三晩けっして覗かないよう念を押してこもった。三日目の夜、住職がこらえきれず戸の隙間から覗くと、機を織っていたのは大蛇だった。娘は見られたことを告げて大蛇の姿に戻り、黒雲とともに天へ昇った。後には阿弥陀来迎の図を織り出した曼荼羅が光を放って残されていた。この曼荼羅は今も寺宝として高済寺に伝わり、寺の由来書は中条姫が一夜に織った三軸のうちの一つとしている。織屋の跡は正代の折元山とも、機脚塚の蛭藻が池の弁天島ともいわれる。
原典より
機を織っていたのはあの可愛いらしい娘と思いきや、世にも恐しい大蛇が、機織機をとり巻き機を織っていたのであった。—— 東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史)
『東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説』は、東松山市の市史の民俗編のうち、伝説の部分を収めたものである。岩殿山の悪龍退治や比企一族の落人の話、永福寺の河童の詫証文、箭弓神社の銭絵馬、狐に化かされた話、神かくし、雪女郎など、市内の寺社・坂・沼・塚にまつわる四十六話を載せる。多くは会話を交えた物語の形で書かれ、筆者が幼い頃に母から聞いた話や古老から聞いたままの話も含み、末尾に〔 〕で由緒や文献の注を添える。