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兄の敵を討った宗光と乞食谷

所在地埼玉県東松山市大字下唐子(乞食谷)
年代天正十年
登場馬場宗信、馬場宗光、内藤六左衛門、語り手、伝承者、武田の落人・内藤六左衛門に殺された、宗信の弟・兄の敵を討った、上唐子の郷士・宗信を殺した
出典東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説

どんな伝承か

天正十年三月、武田勝頼が天目山で敗れると、家臣たちは散り散りに落ちのびた。その一人馬場宗信は、母と幼い弟宗光を連れて武蔵へ逃れ、下唐子でひっそり暮らしていたが、上唐子の郷士内藤六左衛門に見つかって捕らえられ、殺された。母と宗光は闇にまぎれて信濃の中村へ逃れ、宗光は兄の敵を討とうと武芸を磨いた。やがて乞食に身をやつして下唐子へ戻り、谷に掘っ立て小屋を建てて六左衛門の動きをうかがい、下唐子へ来たところを母とともに名乗って討ち果たした。母子はそのまま下唐子に住み、中村姓を名乗った。隠れ住んだ谷を今も乞食谷と呼ぶという。

原典より

たまたま内藤六左衛門が下唐子へ来たので、宗信の母と宗信の弟の宗光は、子供の敵兄の敵と名乗をあげてめでたく本懐を遂げ、…—— 東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史)

『東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説』は、東松山市の市史の民俗編のうち、伝説の部分を収めたものである。岩殿山の悪龍退治や比企一族の落人の話、永福寺の河童の詫証文、箭弓神社の銭絵馬、狐に化かされた話、神かくし、雪女郎など、市内の寺社・坂・沼・塚にまつわる四十六話を載せる。多くは会話を交えた物語の形で書かれ、筆者が幼い頃に母から聞いた話や古老から聞いたままの話も含み、末尾に〔 〕で由緒や文献の注を添える。

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