狐に皂莢の木へ登らされた勝四郎
どんな伝承か
明治の初めごろ、早俣の千代田勝四郎は算盤塾を開き、高坂の高済寺の世話人もしていた。春の彼岸に寺へ向かう途中、折元山の坂の下の大きな皂莢の木の下で狐が寝ているのを見つけ、いたずらに小石を耳へ転がし入れて驚かせた。寺でぼた餅を供え、碁と酒を楽しんでほろ酔いで帰る途中、ふと気づくと、とげだらけの皂莢の木の上に登っていた。手足は傷だらけで、呼んでも誰も来ず、翌朝通りかかった早俣の人に梯子で降ろしてもらった。狐の仕返しだと言われ、それからは狐にいたずらする者も、化かされる者もいなくなったという。
原典より
あの折元山の坂下のとげだらけの大きな皂莢の木の上に登っている自分を見つけたのだ。—— 東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史)
『東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説』は、東松山市の市史の民俗編のうち、伝説の部分を収めたものである。岩殿山の悪龍退治や比企一族の落人の話、永福寺の河童の詫証文、箭弓神社の銭絵馬、狐に化かされた話、神かくし、雪女郎など、市内の寺社・坂・沼・塚にまつわる四十六話を載せる。多くは会話を交えた物語の形で書かれ、筆者が幼い頃に母から聞いた話や古老から聞いたままの話も含み、末尾に〔 〕で由緒や文献の注を添える。