寺小姓との恋に散った綾と金谷の一本松
どんな伝承か
金谷の里の名主の娘綾は、十六で母を亡くし、乳母に付き添われて下青鳥村の浄光寺にある母の墓へ欠かさず参った。墓へ案内してくれる寺小姓の左膳と綾は互いに惹かれ合ったが、噂が父の耳に入って墓参を禁じられる。乳母は二人を哀れみ、月に一度満月の夜、寺の近くの金谷の一本松の下で会わせた。ところが秋の名月の夜、左膳は来なかった。仲を知った住職が身分違いを諭し、ひそかに京へ修業に出していたのである。嘆き悲しむ綾に父もついに折れ、綾と乳母は巡礼姿で左膳を追ったが、誰も金谷へは戻らなかった。一本松だけが今も枝を広げているという。
原典より
金谷の松の木だけが変らぬ緑の枝を傘のように拡げ、今日も生き続けている。—— 東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史)
『東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説』は、東松山市の市史の民俗編のうち、伝説の部分を収めたものである。岩殿山の悪龍退治や比企一族の落人の話、永福寺の河童の詫証文、箭弓神社の銭絵馬、狐に化かされた話、神かくし、雪女郎など、市内の寺社・坂・沼・塚にまつわる四十六話を載せる。多くは会話を交えた物語の形で書かれ、筆者が幼い頃に母から聞いた話や古老から聞いたままの話も含み、末尾に〔 〕で由緒や文献の注を添える。