下沼の巡礼坂のいわれ
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どんな伝承か
江戸時代、観音巡礼が流行した時期に、東松山市下沼の土橋付近で、北国から父の菩提を弔うため西国三十三箇所を巡礼中の母娘が立ち寄った。寒い夕方、橋のたもとで母親が急に体調を崩し、薬を求めに走った幼い娘が戻った時には、母はすでに死亡していた。母親は三十余歳、娘は七歳であったが、近所の人々の支援を断り、一七日後に娘は一人で巡礼の旅を続けたという。この出来事により、この坂は巡礼坂と呼ばれるようになった。また、橋が朽ちて親子が水に落ちたという別の伝承も存在する。
出典の文献について
東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史・自治体史(民俗))
埼玉県東松山市に伝わる口承を網羅する。
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東松山市の伝承
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