名主の娘の黒髪を埋めた黒髪塚
どんな伝承か
昔、毛塚の里の名主に評判の美しい一人娘がいた。ある春の夕方、宿を乞うた若い雲水に娘はひと目で恋をし、一夜の契りを結んだ。翌朝、娘は泣いて引き止めたが、雲水は行方定めぬ身だと振り切って去った。娘は恋の病に伏し、春雨の夜、緑の黒髪を根元から切って櫛やこうがいとともに鏡台に残し、屋敷を抜け出して近くの大川に身を投げた。名主夫婦は娘を哀れみ、残された黒髪を櫛などと一緒に手厚く葬って塚を築いた。里人はこれを黒髪塚と呼び、それがいつしか毛塚という地名になったという。
原典より
この名主の娘の黒髪を埋めた塚を、この里人は、誰いうとなく、『黒髪塚」と呼ぶようになり、それがいつの頃からか毛塚と呼ぶようになりこの里の地名になったという。—— 東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史)
『東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説』は、東松山市の市史の民俗編のうち、伝説の部分を収めたものである。岩殿山の悪龍退治や比企一族の落人の話、永福寺の河童の詫証文、箭弓神社の銭絵馬、狐に化かされた話、神かくし、雪女郎など、市内の寺社・坂・沼・塚にまつわる四十六話を載せる。多くは会話を交えた物語の形で書かれ、筆者が幼い頃に母から聞いた話や古老から聞いたままの話も含み、末尾に〔 〕で由緒や文献の注を添える。