陣屋を焼いた庄屋の怨みと地蔵
どんな伝承か
阪原の庄屋であった斎藤甚蔵は、大井手の大工事をやり遂げた人物だという。ところが柳生の藩主は、これほどの者を生かしておけば何をしでかすか分からないと恐れ、ありもしない罪を着せて甚蔵を処刑した。甚蔵は死に臨み、三年のうちに柳生を焼き払ってやると言い残したという。三年は何事もなく過ぎたが、その後のある夜、突然に怪火が上がって陣屋は焼け落ちた。藩主は陣屋の入口にあった自然石へ地蔵を刻み、甚蔵の霊を鎮めたと伝わる。柳生小学校の門前に立つ石仏がそれだという。
原典より
昔、阪原の庄屋に斎藤甚蔵という人がいて、大井手の大工事を仕上げた。—— 奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史・自治体史(民俗))
『奈良市史 民俗編』第十一章所収の伝説。奈良県奈良市に伝わる木・石・塚・水・山・森・社寺・人物・動植物・町名の伝説を昭和三十七年からの探訪で集成する。