渡し守が祀った義興の地蔵
どんな伝承か
多摩川に架かる丸子橋の近くに、新田義興の亡霊を鎮めるため、矢口の渡し守だった頓兵衛が祀ったと伝わる地蔵がある。新田義貞の子である義興は猛将として知られ、足利尊氏の命を受けた竹沢良衛と江戸孝重に狙われた。差し向けられた女は義興に情が移って暗殺を拒み、斬り捨てられる。二人は水に弱い義興を渡し舟に乗せ、買収した頓兵衛が舟底の栓を抜いて沈めた。謀られたと悟った義興は自刃する。恩賞を受けた帰り道、白馬にまたがり髪を振り乱した義興の亡霊が現れ、逃げた二人は落馬して死んだ。恐れた頓兵衛が地蔵を祀ったという。
原典より
多摩川にかかる丸子橋の近くに、謀殺された鎌倉時代の武将、新田義興の亡霊の怒りを鎮めるため、矢口の渡し守だった頓兵衛が祀ったといわれている地蔵がある。—— 心霊大全(中岡俊哉・1970年代~1980年代) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊大全(中岡俊哉・1970年代~1980年代)
奇怪なお菊人形(心霊大全)/心霊写真と自殺者の霊/北海道の怪奇現象/憑依と祟り/中岡俊哉の心霊蒐集