赤土が残る次郎まなこの巨人譚
どんな伝承か
清川の裏山には、赤土が丸く二か所むき出しになっている場所があり、これを次郎まなこと呼ぶ。大昔、諏訪の明神が上州を平らげたものの持ち帰る戦利品がなかったため、諏訪湖を埋め立てようと考え、次郎という大力の男に上州の山を引きちぎらせて運ばせた。次郎は天秤棒で荷を担いで清川まで来たところ、足を滑らせて激しく転び、切り株で両眼を突いて血まみれになった。その血が染み込んだので土は今も赤いのだという。投げ出された荷の一つが離山、もう一つがまないた山になったと伝わる。
原典より
臼田町清川の裏山に、赤土が円形に二か所現れている所がある。—— 南佐久郡誌 民俗編――伝説・世間話(南佐久郡(編)・南佐久郡誌・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
南佐久郡誌 民俗編――伝説・世間話(南佐久郡(編)・南佐久郡誌・自治体史(民俗))
『南佐久郡誌 民俗編』第十三章所収の伝説・世間話。長野県南佐久郡に伝わる口承を採録する。