守平が生地に建立した大本院が
どんな伝承か
何もかもが順調にいっているように見えた。救国救世のために太霊道を宣布するという大志に燃えた守平の夢はふくらみ続け、英才教育のための太霊道中学の開設、太霊道精神病院の建設、新雑誌の構想と、次々にアイディアがわきあがった。しかし彼の前途を阻む大事件が勃発する。いまや故郷の恩人になりつつあった彼が、一層の飛躍をめざして生地に建立した大本院が、不測の事故によって全焼してしまったのである。一方で松本道別・清水芳洲ら同業者の太霊道批判、森田正馬による医学界からの批判も相次ぎ、次々と繰り出される新団体と新霊術が太霊道を錆色に染めていった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・現代(著述))
井村宏次『霊術家の饗宴』。明治末から昭和初期にかけて隆盛し、抹消された〈霊術家運動〉の歴史を発掘・復元する。プロローグで霊術家の運命を予告し、第一章では気合術師・浜口熊嶽が帝都に乗り込み九字と気合の嵐で名を上げ、明治の心霊手術を行い、実川上人のもと那智滝で仙人修行・三密の極意を得て、大阪の『真言秘密』裁判で判官臨席の気合術実験により勝利するまでを描く。