病床の熊嶽が家人を振り切って二階から降り
どんな伝承か
昭和十八年十二月、病床の熊嶽はしきりに浜へ出たがり、なだめる家人を振り切って二階の寝所から降り、江ノ浦へ続く道をたどった。対岸に弁天山と寝釈迦山が見えると、師実川上人のことが思い出され、仙人暮らしをすすめられながら里に降りてしまった自らの人生を振り返って感傷にひたった。徴用された息子稔を案じて弱気になっていた熊嶽は、妻しのと書生に支えられながら涙し、これが最後の浜歩きとなり、同年十二月二十三日に世を去った。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・現代(著述))
井村宏次『霊術家の饗宴』。明治末から昭和初期にかけて隆盛し、抹消された〈霊術家運動〉の歴史を発掘・復元する。プロローグで霊術家の運命を予告し、第一章では気合術師・浜口熊嶽が帝都に乗り込み九字と気合の嵐で名を上げ、明治の心霊手術を行い、実川上人のもと那智滝で仙人修行・三密の極意を得て、大阪の『真言秘密』裁判で判官臨席の気合術実験により勝利するまでを描く。