神戸で医師法違反に問われた際も判事検事臨席の実地検分が実施さ…
どんな伝承か
明治36年10月、気合術師・浜口熊嶽は神戸で医師法違反に問われ、神戸地裁前の河野代書屋と湊川倶楽部において判事検事臨席のもと実地検分を受けた末、無罪判決を得た。湊川倶楽部での検分では、神戸地裁民事第二部長の末永判事が患っていた両肩のリューマチ痛を、熊嶽が一回の祈祷で取り去ったという。熊嶽は生涯に警察へ呼び出され、あるいは拘置されること七百余回、法廷に立つこと四十七回に及んだが、そのほとんどが無罪であったと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・現代(著述))
井村宏次『霊術家の饗宴』。明治末から昭和初期にかけて隆盛し、抹消された〈霊術家運動〉の歴史を発掘・復元する。プロローグで霊術家の運命を予告し、第一章では気合術師・浜口熊嶽が帝都に乗り込み九字と気合の嵐で名を上げ、明治の心霊手術を行い、実川上人のもと那智滝で仙人修行・三密の極意を得て、大阪の『真言秘密』裁判で判官臨席の気合術実験により勝利するまでを描く。