八鹿村周辺の仮装行列踊り
どんな伝承か
但馬養父郡の八鹿村周辺、生野代官所支配の村々では、二月中旬に降札があり、村々たがいに踊り込みをして、なかには鎮撫総督の仮装行列も出た。二月末には役所が年貢半減令を布達し、その喜びもあって三月にふたたび踊りとなる。養父郡小佐村馬瀬では三月六日に触れを受け取り、村中が氏神に参詣して休日とした。十二日には同郡九鹿村から祝酒が届き、氏神で披露したうえで振舞い、また乱舞騒ぎとなった。生野役所は「農業差支」を理由に禁止令を出している。九鹿村には少し早く、二月十七日に皇太神宮のお祓が降っていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。