三島宿の強欲な家への振舞強要
どんな伝承か
慶応三年十月、伊豆国三島宿では「強欲な家には御降りなし」との流言が広まり、近在の富豪の家々は御降りを得るためにこぞって二分金や小判の御供えを撒き散らし、赤飯や酒をふるまった。名主の田村庄左衛門の「旅中控」によれば、十月二十三日には三島神社に天照皇太神宮のお札が三十六枚降り、二十八日まで祭礼のにぎわいが続いた。雲助などの下層民も参詣の高揚の中で「神代となり有難き世」と語ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔・1970年代~1980年代(推定))
本書は幕末維新期の慶応3~4年(1867~1868年)に東海地方から四国地方にかけて流行した「ええじゃないか」という民衆運動を詳細に記録した研究書である。神社仏閣の札が降下する「お札降り」現象を契機として、老若男女が「ええじゃないか」と囃しながら踊り狂い、祝宴を催す集団心理現象が急速に波及した。