押し倒された桜田御門の交番
どんな伝承か
日清戦争の凱旋で明治天皇が広島の大本営から帰るというので、日比谷の通りに杉葉の大きなアーチが組まれ、十万を超える人が出た。警察医長だった父の縁で、著者は桜田御門の角の交番から行列を迎えることになる。ところが群衆は万歳を叫んで熱狂し、交番は横から押されてあっという間に倒れた。入口が塞がり、中の六人は閉じ込められる。巡査が起こしても土台が壊れていて再び倒れ、二度ほど回って濠へ落ちかかった。著者は引き出されたところで失神し、気づくと門番の小屋へ運ばれていた。死者は四人にのぼったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私の心霊術(長田幹彦・昭和中期(1940年代~1950年代推定))
幼少期の地獄極楽のぞきからくり(私の心霊術)/心霊術と降霊の実演/作家長田幹彦の心霊体験/交霊と幽霊との接触/明治〜昭和の心霊文化