歓呼の声が招いた二重橋の惨事
どんな伝承か
皇居の参賀で起きた二重橋の事故について、著者は原因は野次馬にあると見ている。事故の十五分ほど前に帝劇の用事でその前を通ったが、まだ無茶な混乱にはなっていなかった。人出三十万というのは一日の総数で、一度に殺到した数はそれほど多くない。壺の口のように狭い橋の上で押し合っている最中、坂下門の内から両陛下を迎える歓呼の声が上がった。それを聞いた後ろの人々が次々と体当たりで押し、阿鼻叫喚となる。綱一本でせき止められるものではなかったと著者は書いている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私の心霊術(長田幹彦・昭和中期(1940年代~1950年代推定))
幼少期の地獄極楽のぞきからくり(私の心霊術)/心霊術と降霊の実演/作家長田幹彦の心霊体験/交霊と幽霊との接触/明治〜昭和の心霊文化