七端の狂乱と幻覚
どんな伝承か
著者の母方の伯父にあたる今村七端は、下河原で土蔵が十戸前もあったという造酒家であった。西南の役では薩摩軍に頼まれて深葉山の雑木を伐り、大狼煙を上げた機転を買われて謀略の諜者として陣営へ連れて行かれたが、生来の臆病者で恐ろしさに仮病を使い、屋敷の大井戸に中吊りをこしらえて薩摩軍の敗退まで隠れていた。官軍が来ると今度はその下で働き、蔵を開けて全持米を握り飯にして売り俄成金となる。やがて身代を潰し、荒酒荒淫がたたって精神に異常をきたした。酒の密造で牢へ入れられると長男の団蔵を身替りに入牢させ、自分は納屋の畳を剥いでその間に隠れ、人が殺しに来ると狂乱して脅迫観念に苦しみながら一命を終えた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私の心霊術(長田幹彦・昭和中期(1940年代~1950年代推定))
幼少期の地獄極楽のぞきからくり(私の心霊術)/心霊術と降霊の実演/作家長田幹彦の心霊体験/交霊と幽霊との接触/明治〜昭和の心霊文化