筋違橋御門と明治天皇の一言
どんな伝承か
明治の初め、都が東京に移され、江戸城は東京城と改められて皇居となった。移る前に、側近の公卿の中から、城の筋違い橋御門は鬼門にあたるので取り壊すべきだと申し上げた者があった。明治天皇はこれをお笑いになり、自分は東京城に住むのではなく日本全国を家とするのだと言って取り上げなかったという。著者はこの逸話を、鬼門を恐れなかった為政者の見識を示すものとして紹介している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の俗信 1――迷信の実態(文部省迷信調査協議会・日本の俗信・昭和24年(1949))
文部省迷信調査協議会『日本の俗信1―迷信の実態』(昭和二十四年)。戦後の文化国家建設を背景に、昭和二十一年から宇野圓空を委員長とし今野圓輔・森秀男・古畑正秋らの人文・自然科学者・迷信研究家が、全国の児童生徒・教師を通じて行った大規模な迷信実態調査の第一回報告。