写真判定機が捉えた七隻目のボート
どんな伝承か
昭和二十九年一月十五日、徳島県鳴門市営のボートレース第二回開催の初日、第一レースのスタート直後を三十五ミリの写真判定用カメラが捉えた。現像すると、白波を蹴って走る六隻のやや後ろに、もう一隻の黒い影がはっきり写り、必死に舵を取る選手の姿まで見えた。写真を見た槇田鳴門市長はぞっとしたという。この幽霊ボートは長崎県出身の横溝選手のもので、彼は前年十二月二十四日、唐津のレースで練習中に他艇と正面衝突して亡くなっていた。生前たびたび鳴門にも出場した男で、写っていたコースは彼が得意としたインの先頭だった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の四次元(鈴江淳也・心霊・四次元・昭和)