青山と三鷹で試した念の交信
どんな伝承か
戦争中、哲学科へ行った友だちからテレパシーをやってみないかと誘われ、実験してみることになった。著者のうちは青山、彼は三鷹に住んでいたので、それぞれの自宅でやることにし、交信は今晩の零時から三十分間、著者が発信、彼が受信と役割を決め、一分ごとの升目に頭に浮かんだ思考を書きとめた。翌日つき合わせると、隣のイヌの名前のつもりの『カチ』が向こうでは時計の音になっており、『たまにはしるこをおごりたくなれ』が『やつに今度しるこでもおごってやることにしよう』となって届いていた。『シューベルトは発疹チフスで死んだそうだ』と送った彼は、学徒出陣ののち満州で発疹チフスで死んだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
山とお化けと自然界(西丸震哉・山岳・怪異エッセイ・昭和(戦後))
西丸震哉『山とお化けと自然界』を篇単位で収録。完全装備で岩小屋前を通過する遭難者の幽霊目撃、木曾御岳の人魂たち、カラステングがタコを食う、亡き兄との交信やテレパシー(死者との通信)、幽霊の仮説・怪談といった山岳怪異譚を軸に、呪い殺しの実験・雨やみの術・日蝕と雨やみの術などの呪術、山の昆虫・メスネコの生涯・ヤマネとムササビ・ミミズク等の自然観察、酒・山旅・会津の秘境/栗駒山密林などの紀行随想を収める。