大垣城への道を尋ねた三田の生霊
どんな伝承か
大正五年十月十六日の夜、三田光一は岐阜県大垣町の日吉座で、約二千人の観客を前に念写の公開実験を行い、題は大垣城と決まった。三田は二分ほど精神を統一し、透視で城を見に行った様子を語った。公園の中の瀬戸物店で道を尋ねると、髭の老人が真っすぐ行って左へ曲がれば城だと教えたという。念写は成功した。翌朝、立会いの可児少将が公園に住む布袋蘆山を訪ねると、昨夜十時少し前に洋服の青年が城への道を尋ねに来たと答え、その年格好は三田と一致した。三田の霊が姿を現したものとされる。
原典より
三田氏の靈は念の働きによりて、其の幻化相を蘆山氏の前に現はしたのである。—— 心霊と神秘世界(福来友吉・1932年(昭和7年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊と神秘世界(福来友吉・1932年(昭和7年))
『心霊と神秘世界』は、文学博士福来友吉が著し、昭和七年に人文書院から発行された心霊研究と仏教思想の書である。御船千鶴子・長尾夫人・三田光一らの透視と念写をはじめ、霊の幻化、念動、物質化など国内外の心霊現象を実験記録とともに論じ、後半では自我・神秘世界・霊と生命を真言密教や華厳の教えによって説く。全五編からなり、この本文は昭和五十七年に心交社が出した復刻版で、梅原正紀・井村宏次らの「解説研究編」を付している。