トコナベの妻の急死
どんな伝承か
同じ十四日の夕暮れ、王西村の天王社の東に住む「トコナベ」というしこ名の者が、伊勢の御祓が降ったというが煤はついていないか、大方すすびたりであろう、といぶかしがった。だれかが自分の家にあった古い御祓を持ち出したのではないかと疑ったのである。その妻は十三日から「おこり」という熱病を患っていたが、十五日には精神に異常を来たし、夜半になって死んだ。ここにいたって周囲の人々は、富吉の子もこの妻も御札を疑った神罰にあたって死んだのだとして、おそれおののいた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・現代(歴史研究))
歴史学者・田村貞雄による、1867年(慶応3)の民衆運動『ええじゃないか』の起源を三河地方の御札降りから検証した歴史研究『ええじゃないか始まる』。伊勢神宮などの御札(御祓)が空から降る『御札降り』を発端とするこの運動の最初期を、従来説より早い7月中旬の牟呂村(豊橋)に特定。神職の記録『留記』を分析し、慶応3年7月14日大西村での御札降り、子と妻の死、宮司森田光尋による『二夜三日正月』の決定と開始、各地への祭礼の波及を辿る。