村の盗人
どんな伝承か
神戸から西に約一里、御影から西北、摩耶山を背にした摂州兎原郡味泥村に、明治初年、味泥の長次郎という有名な泥棒がいた。他村では思い切ってひどいことをやるが、自分の村では一本の塵にも人のものに手を触れないので、村では誰も憎む者がなかった。あるとき長次郎は、摩耶山の摩耶観音の本尊である摩耶夫人の仏像を盗んで神戸在住の外国人に売ろうとした。月の晩に堂へ忍び込み仏像を背負って縁側へ出ると、たちまち月が曇り風が鳴った。返すと元の月夜に戻る。二度試して同じことが起きたので、長次郎は仏像を壇へ返し、手を合わせて山を下った。
原典より
長次郎が盗もうとして眼をつけたもので、その目的を達しなかったものはその仏像ばかりだといって、某時己(じぶん)でそれを友人のお父さんに話した。—— 日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ)
『日本の怪談(二)』は、田中貢太郎が書いた怪談・奇談の短編集である。著者が「私の村」と呼ぶ土佐の海村の迷信を語る「鷲」のほか、高岡郡や長岡郡、野根山など土佐の話を多く含み、越中の放生津や立山、銚子の利根川口、京の寺町、摂津の味泥、館林の城下、江戸の碑文谷などを舞台に、蟹や蛇の怪、鮭の祟り、山姑、亡者宿、切支丹の妖術を物語の形で書く。「蟹の怪」から「鶏物語」まで二十八篇を収め、友人や土地の人から聞いた話として語る篇もある。