秀屋形の造営に祟った半右衛門の怨念
どんな伝承か
白石の秀郷はもともと豪族の秀氏が拠った土地で、その居館は今の八坂神社が建つあたりにあったと伝えられる。天正二年、龍造寺隆信が近くの須古高城を攻めたとき、秀伊勢守半右衛門は鍋島直茂に請われて龍造寺方に付き、勝利に貢献した。ところが間もなく、理由も判然としないまま切腹を命じられ、領地まで取り上げられてしまう。散り散りになった一族郎党は、この仕打ちの裏に直茂の謀があったとして深く恨んだ。のちに直茂の子・勝茂が同じ地に秀屋形を築きはじめると、工事の途中から不審な出来事が相次ぎ、あの怪猫騒動もその一つだったのだと語られている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪伝説奇聞(東雅夫・1996年-2004年(取材期間に基づく推定))
魔王の木槌を求めて=稲生物怪録(妖怪伝説奇聞)/稲生平太郎の妖怪変化体験/一ツ目巨人・逆さ生首・化け蝦蟇/三次・比熊山の妖怪伝説/各地の妖怪奇聞