福富村で弘法大師本尊下の土を虫除けに散布
どんな伝承か
佐賀県杵島郡福富村の農民は、大正時代まで、害虫を除くために佐賀市のある寺の弘法大師の本尊の下の土をもらってきて田畑にまいていた。この寺はかつて藩の干拓事業に一万人もの人夫を差し出して藩を助けたことがあり、その功によって信徒を集める手立てを許されたのだろうと考えられている。風よけ・蚕よけ・虫よけに効くとして社寺が守札を出す例は少なくないという。
原典より
このことについては杵島郡福富村の農民が大正時代まで虫害除去のため佐賀市口口寺の弘法大師本尊下の土を散布していた例は、…—— 日本の俗信 2――俗信と迷信(迷信調査協議会・日本の俗信・1951年(昭和26年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の俗信 2――俗信と迷信(迷信調査協議会・日本の俗信・1951年(昭和26年))
『日本の俗信 2――俗信と迷信』は、迷信調査協議会が文部省への第二回報告書として編んだ答申書で、まえがきに昭和二十六年十二月の日付がある。迷信の定義や時代性、俗信と生活慣習の区別を委員たちが論じ、食い合わせや守札、憑きもの、河童の名称の分布、迷信による殺人の精神鑑定例などを取り上げる。総論と座談会、各論、結婚・妊娠の迷信の解明、新聞の社説・投書を集めた附録の四章から成る。