三田光一 飯田の故人透視
どんな伝承か
大正六年八月二十八日に長野県飯田町で開かれた三田光一の実験会では、念写に先立って透視が披露された。なかでも見物人を強く揺さぶったのは、明治四十五年の春に亡くなった飯田中学校長の島地五六郎氏と、同じ年の春に亡くなった飯田小学校長の中村七五郎氏の顔立ちを、細かく正確に言い当てたことだったと報告されている。著者は、これは透視の力というより、三田氏が両氏の容貌を前もって知っていたか、どこかで探り出していただけとも考えられ、まずそこを確かめるべきなのに、報告はその点に一言も触れていないと指摘している。
原典より
その内で特に見物人の感動を刺戟したのは、明治四十五年の春物故した飯田中学校長島地五六郎氏と、同じ年の春に物故した飯田小学校長中村七五郎氏との容貌を精密的確に透視したことであった—— 心霊現象の科学(小熊虎之助・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊現象の科学(小熊虎之助・1974年(昭和49年))
『心霊現象の科学』は、小熊虎之助が心霊現象を科学の立場から論じた研究書で、序とあとがきに昭和四十九年四月の日付がある。コックリ・自働書記・読心術・憑きものなどを心理学で説ける偽心霊現象とし、精神感応・交霊・千里眼・心霊物理現象を真実の心霊現象として心霊現象研究会の報告から吟味する。福来友吉が能力者とした三船千鶴子・長尾夫人・高橋夫人・三田光一の透視と念写は山川健次郎らの実験と照らして疑い、あとがきでは井上円了以来の研究史を概説する。