越後寺泊の八百比丘尼
どんな伝承か
越後では、八百比丘尼は三島郡寺泊町大字野積字岩脇の漁家、納屋こと高津某の一人娘だと伝える。その姿は妖しいまでに美しく、常に十六、七歳の処女のようであったという。三十九度も他家へ嫁いだのち剃髪し、諸国を巡り歩いて、最後は若狭小浜の空印寺の境内に草庵を結んで住みついたと、「温故の栞」に出ている。八百比丘尼の生地は全国幾十か所にも伝えられており、越後のこの伝えもその一つである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
福井縣鄕土誌 民間傳承篇(福井縣鄕土誌・昭和初期(1920年代~1930年代推定))