越廼村の一升泣き二升泣き
どんな伝承か
丹生郡越廼村でも、与える米の量によって一升泣き二升泣きの別があったと「民族と歴史」二ノ二に見えている。ただし現在では土地の人は忘れてしまっているという。古事記の「其処に喪屋を作りて、雉を哭女とす」を典拠とする古代の葬制儀礼の哭女が、近代まで生活古典として持続していた例の一つとして、坂井郡雄島村の安島・崎浦、南条郡河野村などと並べて挙げられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
福井縣鄕土誌 民間傳承篇(福井縣鄕土誌・昭和初期(1920年代~1930年代推定))