山岡邸に隠された清川八郎の首
どんな伝承か
文久三年四月十三日の夕、清川八郎は芝の路上で刺客に襲われて落命した。駆けつけた親友の石坂周造は、遺骸から首を斬り落とすと羽織にくるみ、馬を駆って運び去る。持ち込んだ先は、清川が死の日まで寄宿していた山岡鉄太郎の家であった。目明しに家の周りを見張られていた山岡は処置に窮し、はじめは砂糖漬けにして押入へ隠したが、初夏の暑さで悪臭が立つ。塵箱へ移し、道場の床板を剝いで下へ埋め、なお臭いが消えないので、最後は裏庭の大木の根元に穴を掘って葬った。山岡の住まいは伝通院の裏手にあり、首はのちに友人の手で近くの所静院へ密葬されたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・昭和初期(1920年代~1930年代))