オシャモジ横町の石神と石棒
どんな伝承か
加藤雀菴の「さへづり草」は、江戸高輪南町の鹿児島・久留米両侯の屋敷にはさまれた小路を、土地の者がオシャモジ横町と呼ぶと記す。二町ほど入ると石神の祠があり、願の叶った者は初め樹木を植えたが、いつの頃からか飯匙を納めるようになった。石神をシャクジと読み、それが杓子に、さらにオシャモジに転じたのだという説である。山中共古の手録によれば祠は高輪安泰寺の境内にあり、その神体は考古学でいう石棒だった。寺は南郊の蒲田村へ移され、神体も一緒に去ってしまったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第4巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第4巻』を全822話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。