古見島のマラリア流行と衰亡
どんな伝承か
古見はかつて南島文化の一中心であったが、近世に入って激しい盛衰を経た。琉球郷帳には村の名が『三離れ村』と記され、これは土地の聖地である三離御嶽(ミチャリオーン)の名に由来するという。三百年の間に人口は激減し、宝暦三年(一七五三)の番所日記では七百六十七人とあったが、近年は十戸ほどとの報告もある。マラリアの流行と栄養の欠乏、信仰の頓挫が主な原因とされ、大戦の時代には山中に逃げた人々がこの病でさらに倒れたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第1巻』を全451話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。