鳴動する将門塚に現れた異形の武将
どんな伝承か
神田明神が鎮座した時期は、芝崎道場の供養より古いらしい。安房の洲崎大明神の社司が伝えた旧記によれば、天慶の乱から十年後、天暦四年九月に将門塚がしきりに鳴動し、闇夜に光を放って異形の武将が現れ祟りをなしたという。人々は恐れおののき、荒ぶる魂を祀ってその霊を鎮めた。同じ記述は『永享記』にもある。将門が神田明神の祭神であることは室町期にはすでに広く知られ、『北条五代記』も触れており、江戸開幕後は地主神として町人の尊崇を集め、祭礼は江戸三大祭の一つとして賑わった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・(平将門伝説の研究書))
梶原正昭・矢代和夫『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』を、論考の節単位で全67事例として収録した研究書(地域伝説集ではない)。平安中期の平将門(承平天慶の乱)をめぐる伝説を、英雄の死と伝説の誕生(冥界・調伏・怨霊・首の怪異・七人の影武者・妙見信仰・石化)、落人たちの運命(将軍太郎良門・如蔵尼の堕地獄と救済・滝夜叉姫・桔梗塚の寵妃・後裔と将門遺跡)、将門伝説の展開(馬の文化・関東一円の分布圏・文芸化・首塚の祟りと再評価)として論じる。