子助け地蔵
どんな伝承か
赤坂の町はずれ、東海道に沿って西へ数町の音羽川のほとりに、ひなびた地蔵堂があり、弘法大師の作という地蔵尊を祀っている。昔、このあたりに住む倉橋某という者が病にかかり、はかばかしく治らない。一人の息子が夜も休まず看病していたが、ある夜、疲れてまどろんだ夢に地蔵尊が現れ、自分は弘法大師が刻んだ地蔵だが長らくこの家の裏の柳の根元に埋まったままだ、掘り出してくれれば必ず父の病を治そうと告げた。子供が目覚めてそこを掘ると一体の地蔵像が出てきた。小さな祠を造って移し一心に祈ると父の病はすぐ全快した。これが今の地蔵堂の始まりで、この辺りを地蔵寺町と呼ぶようになったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
愛知県伝説集(福田祥男・昭和三十六年(1961)刊)
尾張・三河(愛知県)に伝わる伝説を山/海/水/給水・雨乞/地蔵・観音/石・岩/城跡・屋敷跡/塚・墓/地名/動物・変化/植物/祟り・怨霊/山人・巨人/社寺/その他の15章に分類して集成する。尾張富士の背くらべ、女人禁制の山、河童・狐狸の変化、雨乞いの淵、戦死者の塚や落人伝説、社寺の縁起や地名の由来など、愛知の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を地名つきで網羅する。