頼太水
どんな伝承か
寛永十二年の洪水(一説には享保十二年ともいう)を俗に頼太水洪水という。布部の「河原」に頼太、頼次という兄弟があり、漆かきを職として細々と暮らしていた。布部川の奥には雄渕、雌渕という二つの大きな渕があり、殊に雌渕は大岩に囲まれて深く、俗に「漆千本」といわれる漆の密林から滲み出た樹液が渕底によどんで漆の柱となっていた。兄の頼太がこの渕に潜る大冒険に踏み切ったので、弟の頼次は思い止まらせようと、夜半こっそり藁で大蛇を作って渕に沈めておいた。何も知らぬ頼太が翌日雌渕に身を躍らせると、宇波九合山の頂あたりに黒雲がわき起こって大豪雨となり、頼太はそのまま行方知らずになった。人々は、藁の大蛇が水中で生気を得て頼太を呑み、雲を呼び大雨を降らせて洪水になったのだと言い伝えたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。