七つに割れた殺生石と高田の名
どんな伝承か
西伯郡名和町の本郷には高田という地名があり、全国に高田と名のつく所は七か所しかないと土地の人はいう。源平の昔、頼朝が富士の裾野で巻狩をした折に七色の狐が現れ、鎌倉武士を惑わせて宙を飛び、信州那須野ヶ原へ落ちて石と化した。その大石のそばを通る旅人は毒気に当てられ、斃れる者が数知れなかった。逢坂村退休寺の和尚が退治を買って出て、金槌を手に那須野へ赴く。石に腰かけて待つうち岩がおびただしく汗を流したので、経を唱えながら金槌を打ち込むと、岩は七つに割れて飛び散った。破片の落ちた地を高田と呼ぶようになり、本郷東高田の藪にも一片が落ちたという。和尚は玄翁と呼ばれ、その金槌は玄能の名で退休寺の宝となった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。