三光国師
どんな伝承か
島根県隠岐の島町(旧西郷町)には、後醍醐天皇の師と仰がれた三光国師が隠岐を巡り歩いた際の伝承が残る。佐布島で漁夫の弥重五郎から煮た鯛をふるまわれた国師は、それを吐き出して元の鯛として蘇らせ、弥重五郎を驚かせた。飯美では老婆から粟飯をふるまわれたことにちなみ地名が付けられ、港村では子供たちに煮殺されかけていた蟹を買い取って川に放ち蘇生させたという。こうして各地を巡った末、国師は元屋に建福寺を建立し、その跡地には国師の塚や、天狗と碁を打ったと伝える碁盤石が今も残っている。
原典より
<高木―「金山寺の火事」>三光国師は後醍醐天皇の師父と仰がれた高徳の禅師であつた。—— 日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。