矢の当たった景清の矢中松
どんな伝承か
天保六年に森山伊予部定志が撰した碑文の伝え。勝日の麓、富水の隈に一本の大きな枯木があり、土地の人はこれを景清の矢中松と呼ぶ。むかし平氏の将である藤原景清が雲州の宰将となり、月山の山上に城を築こうとしたが、古い八幡の廟があって城を置くのに不便であったため、他所へ移そうと考えた。そこで矢の達する所を祈り、夜、空中へ矢を射たところ、その矢がたまたまこの木に当たった。それによって廟を今の地へ遷したという。木は枯れ朽ちて幹だけが残り、土地の人が惜しんだと記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第11巻』は、山陰の鳥取・島根両県の伝説を集めた日本伝説大系の一巻である。矮姫による穀物の伝来、大山の山くらべ、伯耆の白兎、雲州皿屋敷、七尋女房、牛鬼、隠岐の後鳥羽上皇などを、伝承地を明記した口承の例話で示し、類話と近世以降の文献を添える。「文化叙事伝説」「自然説明伝説」の部に分けて話ごとに番号を付し、凡例のとおり例話・類話・文献・参考の順に並べ、多くの話に高木・柳田による伝説名を添える。