お宮詣りが遠いので北浦に宮を建てようと3人が奔走
どんな伝承か
昭和二十年頃、三田市の北浦は末東の氏子であったが、宮詣りが遠いというので自前の宮を建てようとの意見が高まり、上内正男・大勢伊八・中田徳三郎の三人が奔走した。神官塔ノ下氏の勧めで末東の宮に二体あるご神体の一体を迎えることとし、末の古名にちなむ曽石山の麓に社殿を新築した。遷宮の夜、北浦の総代が青年数名を率いて末東の神社に詣り、丑満刻に分霊を神輿へ遷して出発し、青年は護衛として空砲を撃ち鳴らしつつ進んだ。当夜北浦では飼犬を物陰につなぎ、火が外へ漏れぬよう静かにして迎えたという。末東の宮に神体が二体あるのは、いつの頃か盗まれた神体がいつの間にか還っていたためと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
兵庫県民俗調査報告8――伝説(兵庫県(編)・兵庫県民俗調査報告・自治体史(民俗))
『兵庫県民俗調査報告8』第10章口頭伝承所収の伝説。兵庫県三田市周辺・千丈寺山麓に伝わる集落発祥・神社・廃寺・城跡の伝説と怪異を採録する。人を神として祀る南千丈寺山頂の松住大権現の磐座、焼き討ちされた千丈山観音廃寺、疫病神を追い払う戸守の鍾馗、法事帰りに重箱を襲う狐狸の怪、人の尿を好み小便たごを空にする狼話3題などを収める。各事例を日付・場所・人物・状況のマーカー付き事例単位で網羅した、摂津・三田の伝説と狐狼・鍾馗信仰の資料。