甲賀三郎の妖怪退治
どんな伝承か
和銅六年、妖怪が禁裏に出没し農民も害を被った。占わせると丹波国北部の深山に八頭一身の巨鹿がおり、災害はその所為だという。元明天皇は武将の香賀三郎兼家に退治させた。兼家は丹波に到り、矢を作り弓を削った。弓削村の地名はこれによる。山へ入ると二人の童子が現れ八丁山へ導いた。坂で狩衣を脱ぎ甲冑をつけた地が衣懸山である。佐々里川上流の朽柳谷で八頭の大鹿が岩窟から躍り出たので射当てた。鹿は山を下って斃れ、流血が岩を染めた地を赤石ヶ谷、斬った岩を俎岩という。岩は洪水で流れ今は芦生の空戸の下にあり付近を俎板淵という。甲冑を脱いだ地には鎧岩がある。兼家は佐々里で一祠を建て八幡大明神を祀った。これが今の知井八幡宮である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第8巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全133話(滋賀・京都・兵庫=近畿)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。