掛軸や着物を焼く立替え騒動
どんな伝承か
王仁三郎を「外国の魂」とみなした信者たちは、立替えと称して昔からの信者の家々を回り、王仁三郎の書いた掛軸をみな取り上げ、棒でかついで持ち帰ってことごとく焼いてしまった。着ていた装束も服も、大事な証文までも焼いた。すみも外国と日本の戦いと思い込んで手伝ったという。教祖ナオは梅と松を好み、雪で一夜に折れる竹を「辛抱のない外国」と嫌って竹の箸も使わせず、弥勒の世は贅沢できぬと木綿の着物で通した。マッチや石鹸、こうもり傘まで「穢れ」「外国」として退けた。学問のない信徒たちは、その筆さきをすっかり丸のみにしていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言・現代(評論)/明治〜昭和(対象))
加藤正民が「天下の浪士」の立場から、出口王仁三郎(1871-1948)を心霊的視座で描く評論。明治25年の出口ナオの神がかり(艮の金神・三千世界一度に開く梅の花)、水行の奇蹟、無筆のナオの自動書記、日清・日露戦争予言の具体的中を起点に、国祖隠退の大本神話と、ナオ(A)と王仁三郎(B)に具現した二大霊流・「火水の戦い」を論じる。