ナオの水行と喜三郎の反抗
どんな伝承か
厳寒の朝夕にも、ナオは終末的危難を「大難は小難に」と立て替えてもらうため、一度も水行を欠かさなかった。信徒たちも暗いうちから起きて水をかぶり祈念をこらしたが、喜三郎は頭から布団をかぶって悠々と朝寝をし、「わしは蛙の生まれかわりじゃないワイ」とうそぶいた。水行を強いられれば「水より湯のほうが温い」と風呂を沸かして鼻歌まじりで入る。ナオがどんな寒気にも小さな手あぶり一つで通すのに対し、喜三郎はカンカンおこした炭火に股火鉢と、ことごとく反対の行為をやってのけた。純朴な信徒には我慢のならぬことばかりであった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
亀岡の大予言者――東洋の巨人・出口王仁三郎の世界(加藤正民・たま出版・心霊/予言・現代(評論)/明治〜昭和(対象))
加藤正民が「天下の浪士」の立場から、出口王仁三郎(1871-1948)を心霊的視座で描く評論。明治25年の出口ナオの神がかり(艮の金神・三千世界一度に開く梅の花)、水行の奇蹟、無筆のナオの自動書記、日清・日露戦争予言の具体的中を起点に、国祖隠退の大本神話と、ナオ(A)と王仁三郎(B)に具現した二大霊流・「火水の戦い」を論じる。