入浴で死病が治った老婆
どんな伝承か
明治末年、病気なおしなどの呪術的な現世利益は、大本教の教勢拡大を支える大きな力となっていた。開祖の出口ナオは生き神として篤く信仰され、その霊験をめぐる数々の実話が信者とその周辺に語り伝えられた。ナオが神に祈念して墨書した御封『おひねり』の霊験譚はもとより、ナオといっしょに入浴してもらっただけで、死病だった老婆の病が快癒したという話などが、口から口へと伝えられ、こうした『おかげ』を慕って入信する者が続出した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・現代(評伝)/明治〜昭和(対象))
村上重良による出口王仁三郎(1871-1948)の客観的評伝。京都・亀岡の貧農の子・上田喜三郎は、祖父の霊の守護や金神の祟りといった霊異の中で育ち、明治31年の高熊山修業で神人感合に達して宗教者へ転身。長沢雄楯(本田親徳の系統)から鎮魂帰神を相承し、綾部で艮の金神の神がかりにより大本を開いた出口ナオと出会って両教祖の経緯(たてよこ)の仕組みを成す。