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都幾川の焼き石湯

所在地埼玉県比企郡嵐山町大字菅谷
年代昭和二十年代後半
登場松島始、一九四〇—二〇〇六ら箕作り一家、松島ヒロ、久保田辰三郎、鷹野弥三郎、松島始の母・一〇人を産んだ女性、松島始の父・生涯無籍の職能民、『山窩の生活』の著者・新聞記者
出典村の奇譚 ― 里の遺風

どんな伝承か

埼玉県比企郡嵐山町菅谷の都幾川べりでは、昭和二十年代後半、ミナオシと呼ばれた箕作りの一家が焼き石湯を沸かしていた。松島始によれば、河原に人がすっぽり入れるほどの穴を掘ると、まわりから水がしみ出してきて中が水でいっぱいになる。そのわきでがんがん焚き火をし、子供の頭くらいの石をたくさん火に入れておく。焼けた石を穴の中へ次々に放り込むと湯ができ、そこへ入ったという。鷹野弥三郎『山窩の生活』にも、これと同種の原始的な入浴法が記されている。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・現代)

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サンカ非定住民入浴ミナオシ

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