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次郎松の霊力試し

所在地京都府亀岡市曽我部町穴太
年代明治31(1898)
登場上田次郎松、喜三郎
出典出口王仁三郎

どんな伝承か

喜三郎をいぶし損った上田次郎松は、一連の経過を生き神になるための巧みな演出と睨み、その霊力を試しにかかった。次郎松は茶碗のなかに銅貨を入れて厚紙に包み、これがいくらあるか当ててみろと迫った。喜三郎は手品師ではないからと一度はことわったが、次郎松が嘲るので「一銭銅貨が十五枚」と言い当てた。すると次郎松は今度は、飯綱使いだ、ふところに飯綱を入れて病人の身体につけ、それを退かして銭儲けをしていると攻撃し、神前をこわしたり、村中に天狗使いだ飯綱使いだと触れてまわった。喜三郎はそうでないことを示すため、井戸端にこもを敷き、裸になって水をかぶってから病人を迎えねばならなかった。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・現代(評伝)/明治〜昭和(対象))

村上重良による出口王仁三郎(1871-1948)の客観的評伝。京都・亀岡の貧農の子・上田喜三郎は、祖父の霊の守護や金神の祟りといった霊異の中で育ち、明治31年の高熊山修業で神人感合に達して宗教者へ転身。長沢雄楯(本田親徳の系統)から鎮魂帰神を相承し、綾部で艮の金神の神がかりにより大本を開いた出口ナオと出会って両教祖の経緯(たてよこ)の仕組みを成す。

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