網に三度かかった海の地蔵
どんな伝承か
古田村に文昨という若い漁師がいた。ある日は不漁続きで、いらだって海の上をさまよっていると、水の中がぴかりと光った。網を入れてみると地蔵が掛かってくる。縁起でもないと海へ投げ返したが、二度、三度と網を打つたびに同じ地蔵が上がってきた。檀那寺の単誉上人に相談すると、正直なお前のところへ出てこられたのだから祀りなさいと勧められ、文昨は小さな堂を建て、自身も仏門に入って生涯供養を続けた。これが海蔵院の起こりで、以後この地蔵は子育て延命地蔵尊として敬われている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
渥美町史 考古・民俗編(現代(町史民俗編))
愛知県渥美町の伝説。本能寺の変で伊賀越えした家康が松に掛けて休んだ鬼松と軍資金埋蔵の歌、念力で野いばらのとげが落ちて逃れた権現森のとげなしばら、頼めば膳を貸す膳貸せ岩、白馬に化けて池に引き込もうとした池の主、大地震で村の半分が海に沈んだ小塩津、漁師が拾った光る島の石のとうどうさん、心中に失敗し身を投げた娘の火の玉のおよしぼうこんなど、武将伝説・池の主・霊石・亡霊の伝説を収める町史民俗編。