膳貸せ岩
どんな伝承か
伊川津の山中には椛と呼ばれる所があり、大昔はそこに椛の郷という村があった。椛から山田の泉福寺へ抜ける山道の南の山頂に、膳貸せ岩という大岩がある。祭りや婚礼、葬式、日待講などで大勢に本膳をふるまうのに膳や椀が足りなければ、前の日に岩の前で村と名を名乗り、入り用の数を大声で頼んで帰る。すると翌日には頼んだ数の膳が岩の前にそろっていたという。椛の者ばかりか近隣の村人もこれを頼りにしていた。ところが郷のある者が借りた膳をうっかり壊し、一つくらいかまうまいと数を欠いたまま返した。それ以来、どれほど心正しい者が頼んでも膳も椀も借りられなくなり、岩はすたれて名だけが今に伝わる。
原典より
このことがあってからどんな心の正しい人が借りにいっても、二度とお膳やお椀を借りることができなくなった。—— 渥美町史 考古・民俗編 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
渥美町史 考古・民俗編
『渥美町史 考古・民俗編』は、渥美町の町史のうち考古・民俗編で、ここに収めるのは第二章「民間伝承と信仰・俗信」の第一節「伝説と昔話」の部分である。西ノ浜に上陸した家康にまつわる松や茨、膳貸せ岩、白馬になった池の主、大地震で海に沈んだ小塩津、秀忠が掘らせた井戸など町内各地の伝説十二話と、古屋の漏りやかちかち山などの昔話を収める。両者の違いを説く解説を前に置き、各話に地区名を添え、昔話は昭和六十年から六十一年の調査で採られたと記す。