権現森のとげなしばら
どんな伝承か
天正十年(一五八二)、家康は命からがら西ノ浜へ上陸したが、この地方の地侍や野武士どもがよき獲物とばかりに襲いかかってきた。家康も刃を振って戦い、西山の松原の中を逃げ回るうちに、一面に群生する野いばらに鎧の袖をとられて身動きできなくなった。名もない野武士のために命を落とすまいと、最後の念力を振りしぼって天地神明の加護を祈ったところ、不思議にも鎧の袖にからみついていたとげがばらばらと落ち、その場を逃れることができたという。以来、西山一帯の野いばらは毎年夏に白い花を咲かせるが、一茎としてとげをつけず、権現の森のとげなしばらと呼ばれるようになった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
渥美町史 考古・民俗編(現代(町史民俗編))
愛知県渥美町の伝説。本能寺の変で伊賀越えした家康が松に掛けて休んだ鬼松と軍資金埋蔵の歌、念力で野いばらのとげが落ちて逃れた権現森のとげなしばら、頼めば膳を貸す膳貸せ岩、白馬に化けて池に引き込もうとした池の主、大地震で村の半分が海に沈んだ小塩津、漁師が拾った光る島の石のとうどうさん、心中に失敗し身を投げた娘の火の玉のおよしぼうこんなど、武将伝説・池の主・霊石・亡霊の伝説を収める町史民俗編。