一坪も譲らぬ聖地返還の訴え
どんな伝承か
大本事件で押収された神苑は、当局の脅しと欺きの果てに、綾部と亀岡の両町へただ同然の値で売り渡されていた。獄中の王仁三郎はこれを最も心に病み、昭和十三年五月から返還請求の準備が弁護人のあいだで進められ、昭和十五年に京都地裁へ訴えが起こされる。訴訟が長引けば日本が外国に占領されたまま取り返しのつかぬ型になる、と彼は弁護団に徹底抗戦を命じた。昭和二十年六月、裁判所は和解を勧めてきたが、聖地を切り刻んで返す内容と見抜いた王仁三郎は、一坪たりとも神の土地は渡せぬとしてこれを拒み、公正な判決を求めた。敗戦で無罪が確定すると、聖地は無条件で返された。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元・武田崇元・大本研究・現代(著述))
武田崇元『出口王仁三郎の霊界からの警告―発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相』。大本の聖師・出口王仁三郎の生涯と予言を、霊界のプログラム(型)として読み解く。